大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所 昭和36年(わ)12号 判決 1961年7月19日

被告人 中西繁喜 外一名

主文

被告人西川清二を懲役一〇月に、同中西繁喜を懲役六年にそれぞれ処する。

ただし被告人西川清二について本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人西川清二より押収した短刀一振(昭和三六年押第二九号の一)を没収する。

訴訟費用は全部被告人中西繁喜の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、五、六年前ごろから同じ職場で働いていた親しい間柄の土工仲間であつた。昭和三三年以来働いていた山梨県南巨摩郡早川町のトンネル工事が同三六年五月一〇日完了したので、新しい仕事を探すため上京しようと考え、翌一一日甲府市へ来て同市富士見町二一番地富士屋旅館に投宿していたものであるが、

第一、被告人西川は

(一)  法定の除外事由がないのに、同月一二日午後一一時過ぎごろ、前記富士屋旅館において、刃渡り約一八・五センチの短刀一振(昭和三六年押第二九号の一)を所持し、

(二)  同月一三日午前零時三〇分ごろ、同市穴切町三六六番地杉中旅館前路上を通行中山岡佳年が危うく同人に接触しそうになつた自動三輪車の運転手に大声で「気をつけろ」と叫んだのを聞きとがめ「うるさいじやあねえか、このやろう」とどなりつけ、同人が「危いから注意しただけだ」と応酬すると「ぐずぐず言うと殺してしまうぞ」と言いながら、前記短刀を抜き右手に持つてこれを同人に突きつけ、同人の生命、身体に危害を加えるような態度を示して、同人を脅迫し、

第二、被告人中西は同月一二日外出してビール五、六本を飲み、旅館に帰り就寝していたところ、被告人西川から呼び出され翌一三日午前三時半ごろ、二人で高山初江の出している甲府駅前山梨交通株式会社電車発着所南側の屋台店「たから」にいたり飲酒中、そこへ長岡昭彦と土屋睦彦(当二一年)が入つて来るや西川はいきなり右両名に「がたがたするな」と因縁をつけ、ビールを飲もうと手にした長岡のコツプを「外へ出ろ」といいながらけつたので、両名も立腹し同じく「外へ出ろ」といいながら屋台の外に出、西川も一旦右高山にとめられたが両名が更らに「出ろ」と呼ぶので屋台から出て、そこで西川は右長岡、土屋の両名と殴り合いをはじめたものの、相手は二人だし散々に殴られ到底敵対できないとみて逃げようとしたが両名はこれを知りながらもがく西川を捕えて離さず、隙をみて甲府駅前広場の方へ逃げだした同人を尚も追つて行つた。

被告人中西は外でけんかする気配がするので、けんかはやめろといいながら屋台から出て見ると右のごとく逃げる西川を右両名が追つて行くので、西川の身を案じ右三名の後を追い右甲府駅前広場を横切り右屋台から約一四〇メートル離れた同駅前日通甲府支店駅前分室の南側石垣付近まで来ると、西川が右両名に捕えられ石垣に押しつけられ多少殴打抗争していたが殆んど一方的に殴られたりけられたりしていたので、これをとめようとして、右屋台で西川が酔余ワイシヤツの下から第一の(一)記載の短刀を取り出し、自分の手をけがしたので危険を感じ同人から取り上げ所持していた右短刀を抜き「けんかはやめろ、やめないと刺すぞ」といつて脅かしたが、やめる様子はなくなお西川を殴打するので、この西川に対する急迫不正の侵害を防衛するため、多年の友情から憤激し、相手を刺し殺そうと決意し防衛のため必要な程度を超えて西川を押えつけていた右土屋睦彦の腹部を右短刀で突き刺し、よつて同日午前五時ごろ同市橘町一の七九番地宮川病院において肝臓刺切創による失血により同人を死亡せしめ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人西川の判示第一の(一)の行為は銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項、第三一条第一号に、同(二)の行為は刑法第二二二条第一項、罰金等臨時措置法第二条第三条に、被告人中西の判示第二の行為は刑法第一九九条に、それぞれ該当するが、判示第一の各罪は同法第四五条前段の併合罪であるので、所定刑中懲役刑をいずれも選択したうえ、同法第四七条本文第一〇条により重い(一)の罪について法定の加重をした刑期範囲内において被告人西川を懲役一〇月に処し、判示第二の罪については所定刑中有期懲役刑を選択してその刑期範囲内において被告人中西を懲役六年に処し、被告人西川については同法第二五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、押収した前記短刀は被告人西川の判示第一の(一)の犯罪行為の組成物件で、同被告人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第一号第二項本文を適用して同被告人からこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により全部これを被告人中西に負担させることとする。

(弁護人および検察官の主張についての判断)

被告人中西の弁護人は、被告人中西の所為は正当防衛である、然らずとするも過剰防衛であるといい、これに対し検察官は被告人中西は友人西川が暴行を受けたの憤慨の余り殺人の意思で本件行為に出たもので防衛意思によるものでないし、巡査派出所の付近であつたから止むことを得ざるにでたものとはいえないといい、また長岡、土屋の行為は西川の挑発によるもので不正の侵害でないとの趣旨を主張するのでこれにつき判断する。

右屋台店「たから」前における西川と長岡および土屋とのけんか闘争は、屋台内での西川の挑発行為によるものであるが、双方とも屋台を出る際には既に殴り合いを予期していたものであつて互に相手の侵害に対しこれを防衛する意思によつたものでないことは前認定事実から明らかであるからこの段階においてはいずれにも正当防衛は成立しない。しかし右西川の逃亡後における日通分室付近の互の抗争も西川の右屋台内における挑発に基因するものではあるがそのため右屋台前のけんか闘争の継続であつてこれを包括的に観察し前後同一性質のものであると解すべきものではない。すなわち、前認定から西川は屋台前から逃げる際にはただ両名から逃げ去ろうとするのみで既にけんか闘争の意思はほう棄していたもので、相手の両名もこのことを知りつつなお追跡して暴行を加えたことが明らかで、かかる場合においては前後者はこれを区別して観察すべきで右両名の暴行は急迫不正の侵害であつて西川はこれに対し正当防衛をなし得べく、勿論第三者の西川のための正当防衛も成立する。

被告人中西は西川の親友ではあるが右闘争に終始関係せず、これを止めようとしていたもので、全く西川を案じその後を追い西川に対する両名の暴行を見てこれを救おうとして突き刺したもので、防衛意思に出たものであることが認められる。ただその程度を超えたものでいわゆる過剰防衛行為であるというべきである。したがつて弁護人の正当防衛の主張は理由がなく、また検察官の主張も理由がない。ただ巡査派出所付近であつたから止むことを得ざるにでたものといえない、という趣旨が他に取るべき方法があるのにその方法によらなかつたからというのであれば、前説明の如く急迫不正の侵害がある以上これを防衛するために相当な行為であればそれは派出所の付近であろうと内であろうと許さるべきで、これをもつて正当防衛または過剰防衛を認むる余地なしとすることはできないからその理由なきものといわなくてはならない。

なお被告人中西の弁護人は、同被告人が本件犯行当時飲酒酩酊の結果心神耗弱の状態にあつたと主張するが、同被告人が右犯行当時まで八時間位の間においてビール約六本、酒約四合を飲み酩酊していた事実は認められるが、同被告人の検察官に対する供述調書によれば同被告人の酒量は酒一升に達する程であるから、犯行時の右被告人の酔いの程度はさほどではなかつたこと、同被告人の右犯行前後の比較的冷静な行動等からみて、同被告人が是非善悪の判断能力を著しく欠いていたとは認められないので、弁護人の右主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 降矢艮 西村康長 田中清)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例